2015年09月18日
うな髪はま
「――忘れて」
男は独り言のように呟いて、これ以上会話をする気はないという意思表示のように頭を壁に預け、目を閉じた。
また雨音以外、何も聞こえなくなる。
目を閉じた男をじっと見つめながら、桐谷もしばらくの間黙っていた。
―この時俺はこの特異な状況下で、出会ったばかりの目の前の男をどうすべきかについて不思議と特に迷いも葛藤も感じてはいなかった。
ただ、この男の纏う空気から目が離せないのは何故だろう、と考えていた。
結論は多分、最初から決まっていたのかもしれない。
大きく一つ溜め息をついてから、桐谷は口を開いた。
「来い」
「……え…?」
声に反応して目を開けた男に、桐谷は目線で自室のドアを示す。
「待っていても今晩は多分、雨は止まない」
雨が結びつけた偶然。
それがアキと俺の出会いだった。
「ほら」
リビングのローテーブルに置いたマグカップから、ふわりとカフェラテの香りが広がる。
「めっちゃいい匂い…ありがとう」
両手で包むようにしてカップを手に取った男は、ゆるやかに立ち昇る湯気に少し目を細める。その顔には、風呂で温まった為か色が戻っていた。色素の薄い柔らかそだ濡れたままで、桐谷の貸してやったパーカーとスウェット地のパンツを着込んで、ソファの隅に座っている。
親しい限られた人間以外を家に上げることの滅多にない桐谷は、自分のとった行動の大胆さに少なからず戸惑いを覚えていた。
部屋に来るように言うと、男は驚いた顔をしてしばらく固まったが、腕を引き半ば強引に立ち上がらせると、大人しくついてきた。まずはその冷え切った身体を何とかさせようと部屋に入るなりバスルームへと押し込んで、その間に濡れた服を乾燥機に放り込み、カフェラテを淹れた。
Posted by 〆み
at 12:04
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