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Posted by スターリンクさがみ運営事務局  at 

2015年08月19日

ばらく泣く男を



  「君達は本当に旅人だなあ。あ、ごめんよ笑って。からかっているわけじゃないんだ。ドクダミっていうのは、毒のあるって意味じゃない。毒を矯《た》める、止めるって意味だよ。……ははは、そうだよなあ、普通|毒《どく》ナントカ茶なんて初めて聞いたら変なふうに思うよな。それに……、なんとい……て‥…」
  最後は言葉になっていなかった。話しながら彼高壓通渠の表情は笑い顔から、またしても普通の顔を飛び越え泣き顔へと変化して、そしてとうとう声を出しながら泣き出してしまった。
  キノとエルメスは一体《いったい》何が起こったのか分からず、し見ていた。
  彼はぼろぼろ涙を落としながら、時たま鼻をすすりながら、ゆっくりと喋《しゃべ》り出した。
  「他《ほか》の人と……、こうやって会話を交わすのは……、何年ぶりになるだろう……。十年かな、いやもっとかもしれない……」
  しばらくして、キノが言った。
  「お話、お願いできますか?」
  男は眼鏡《めがね》を外して涙を拭《ふ》いた。鼻をかんだ。そして何度も頷《うなず》きながら、
  「ああいいとも、もちろんだ。今から説明するよ。なぜこの国の人間がお互いに顔を合わせないのか」
  男は最後の涙を拭いた。そして眼鏡をかけて、キノの顔を見た。ゆっくりと息を吐いて、そして話し始めた。
  「そうだね……、簡単に言ってしまうと、ここは人の痛みが分かる国な光學脫毛んだよ。だから、顔を合わせないのさ……。いいや……、合わせられないんだ」
  「人の痛みが分かる、ですか?」
  「何、それ?」
  男は少しだけお茶を飲んだ。
  「君達も、昔《むかし》親から言われたことはないかい? 人の痛みが分かる人間になりなさいって。そうしたら相手のいやがること、相手を傷つけることをしなくなる。もしくはこう思ったことはないかい? 他人の考えが分かれば、それはきっと便利で素晴らしいことだって……」
  「ある! あるよ! ここに来る時もキノは、まったく……」
  男の問いかけに、エルメスが飛びつくように答えた。キノに発言の機会を与えない素早さだった。
  「悪かったよ、エルメス」
  キノが淡々《たんたん》とした口調で、エルメスの発言にかぶさるように言った。
  「この国の人間も、真剣にそう思った。昔からこの国では機械が仕事をほとんどやってしまい、人間は楽に生活できた。食べ物も豊富で、とても豊かで安全な国だった。そうすると人々は暇《ひま》を持て余してしまい、頭脳を使ういろいろなことに挑戦するようになった。新しい公式を発見したり、ひたすら科学的追求をしたり、文学や音楽を創《つく》ったりね。そしてある時、人間の脳を研究していた医者グループが、ある画期的な発見をしてしまった……。その発見とは、人間の北角補習社脳の使っていないところを上手《うま》く開発すれば、人間同士の思いを直接伝え合うことができる、というものだった」
  「思いを直接伝える?」
  キノが怪訝《けげん》そうな顔で聞いた。エルメスも、
  「どういうこと?」
  男は話を続けた。
  「たとえば僕が、頭の中で『今日《こんにち》は』と思う。そうすると近くにいる人にその挨拶《あいさつ》が伝わる。こんな単純なことじゃなくても、僕が何か悲しくなった時、近くにいる人にその悲しみが直に伝わる。その人は僕の悲しみが理解できて、僕に優しくしたり、解決方法を一緒に考えたりできる。または言葉のできない赤ちゃんの痛みや気持ちよさを、その母親が感じることができる。俗っぽい言い方をすれば、テレパシーってやつだ」
  「なるほど」「はーん」  

Posted by 〆み  at 12:41Comments(0)雪纖瘦

2015年08月16日

ような奇妙な



「だいじょうぶだよ。人間は、そんなに簡単に死んだりしないから」
 高梨は小さく笑った。薄暗い部屋で、白目の部分と歯だけが光って見える。
 今まで知らなかっただけで、彼にはSMの趣味があったのだろうか。早苗は、彼の意に添うべきかどうか逡巡《しゆんじゆん》していた。今晩の彼は、何から何まで高壓通渠自分の知っている高梨光宏とはかけ離れていた。
「ぎゅっと引いてくれよ。君の手で。僕を愛してるなら、できるだろう?」
「でも、だからって」
 高梨は早苗に覆い被さり、唇を重ねた。長い接吻《せつぷん》が終わると、高梨は早苗の耳元に口を寄せた。荒い息づかいの中で、囁《ささや》くように言う。
「僕はただ、自分が生きてるってことを実感したいだけだ。そのために、近くに『死』を感じていたいんだよ」

 電話は、またしても保留音に変わった。早苗は受話器を肩に挟んだまま、いらいらして、ボールペンを指先でくるくる回した。
 机の上には、高梨が描いた絵があった。彼がイメージした『天使』の姿が、色鉛筆の繊細なタッチで表現されている。
 天使は本来中性のはずで、中世の絵画などでは少年の姿で表されることが多いが、高梨の天使は、むしろ女性に近いようだった。画面では大勢の天使が輪舞しているが、いずれも長い髪を風になびかせている。
 天使たちの着ているのは、羽衣か寛衣《ローブ》の異国の瘦身装束だった。ギリシャ風なのかもしれないが、早苗の知識では何とも言えない。中の一体の天使は、大きな角笛を捧《ささ》げ持ちながら吹いている。まるで、この世の終わりを告げているかのようだった。
 画面の下の方では、高梨本人とおぼしき人物が、ベッドに横たわって天使たちを見上げていた。その表情は限りなく安らかで、両手は胸の上で組み合わされている。もしかすると、天使が角笛を吹きながら告げに来たのは、彼自身の死なのかもしれない……。
 やっと電話がつながった。
「お待たせしました。教務課です」
「北島と申します。赤松先生とお話ししたいんですが。急用で」
「ただいま、赤松助教授は休暇中です」
「それでは、ご自宅の電話番号を教えていただけませんか?」
「申し訳ありませんが、お教えできないことになっておりまして」
「そうですか」
 早苗は落胆した。しかたがない。
「それでは、またお電話いたします。休暇は、いつまでになってますか?」
 すぐに答えが返ってくると思いきや、相手は答えを躊躇《ためら》っていた。
「こちらでは、わかりかねます」
「休暇の届けが出ているのではないのですか?」
「申し訳ありませんが、そういうご質問にはお答えできません」
「は?」
 いくら尋ねても、相手は同じ答えを繰り返すばかりだった。早苗は狐につままれたような思いで電話を切った。
 彼女が赤松靖助教授に連絡を取ろうと思ったのは、アマゾンでの高梨の様子について聞きたかったのと、探検隊がどうしてカミナワ族から退去を迫られたのか、本当の理由を知りたいと思ったからだった。どうしてそれまで友好的だったカミナワ族が態度を豹変《ひようへん》させたのかは、高梨に聞いても、はかばかしい答えは得られなかった。早苗の勘では、その理由が、現在の高梨の精神状態の謎《なぞ》を解き明かす鍵《かぎ》になるような気がしていた。  

Posted by 〆み  at 12:21Comments(0)雪纖瘦

2015年08月06日

彼は心の底から自


 名前を呼んで、髪を撫でる。彼は顔をシーツに深く押しつけた。嫌がられているような気がして、松下はもう一度…今度は頬に触れた。彼は顔を逸らす。あからさまに拒絶される、それだけのことで松下は崖から落ちたような喪失感を味わった。今までこんな風な嫌がり方をされたこ高壓通渠とがなかった。分を嫌がっている。胸が締めつけられるように痛んだ。拒絶は、勇気を奪う。松下は触れていることすら…怖くなってきた。すっかり萎えたものを中から引き抜き、距離を取る。彼と接触している部分が一か所もないような状態で、壁と向かい合った。
 眠りの気配など、忍び寄ってもこなかった。もし眠ってしまったら、次に目を覚ました時、隣に彼はいないかもしれない。呆れた男を置いて出ていってしまうかもしれない。別れを切り出されても無理はない。どうしてこうなってしまったのか、嫌だと言われた時に思い留まっていればよかったのか…振られてしまうのだと確信したとたん、涙が出てきた。彼に去られて、こんな思いを抱えて毎日を過ごすぐらいなら、いっそのこと死んでしまいたかった。恋人に振られて死ぬなど、馬鹿な男だと思われるかもしれない。けれどきっと誰にも…今の自分の気持ちなどわかりはしない。声を殺してしゃくり上げ、肩が揺れる。隣の彼が動く気配がして、とうとう部屋を出ていかれてしまうのかと耳をふさいだ。彼のいなくなる気配を知りたくなかった。
 目尻に触れた指に、驚いて手を離した。顔を上げると彼が上から自分の顔を覗き込んでいた。
「どうして泣くんですか」
 わかりきったことを聞く彼に腹が立った。だから顔を両手で隠して丸まった。
「さっき嫌がったから…?」
 指が松下の頭をそっと撫でた。
「俺は先生の前で、腹を立てる自由もないんですか」
 松下は何も言えなかった。言うべき言葉が浮かばず、自分の情けなさに責められた。彼はそっと、まるで大切な壊れ物に触れるように松下を撫でて、肌に触れた。それでも松下が丸まったままでいると、上から覆い被さるようにして重なってきた。首筋を舐めて、頬に口付ける。恋人の積極的な愛撫に、松下は少しずつうつむけていた顔を見せた。彼からのキスに答える。そうするとさっきまでの拒絶が嘘のように彼は大胆に松下に甘え、腰を押しつけてきた。彼の中で翻弄される。それは甘い毒に冒されるような、痛い陶酔感があった。よりかかる体を抱きしめると、彼は頬を摺り寄せて松下の唇を舐め、そして小さくホッと息をついた。
 汗をかいたせいか、ひどく喉が渇いた。眠りはじめた彼を残して、松下はベッドから起き上がった。裸のままキッチンに行こうとしたが、妹と鉢合わせてはまずいと思いベッドの下でクシャクシャになっていたパジャマを拾い上げて着た。面倒なのも手伝って、電気もつけずに暗がりの中を歩く。リビングのドアを開けると、奥から薄らぼんやりとした灯りが洩れていた。キッチンの電気を消し忘れたのだろうかと思っていたが、カウンターテーブルのスツールには人影があり、最初は誰だかわからずギョッとした。
「どうしたんですか」
 妹の目は閉じられてはいなかったし、手にしたグラスは左右に揺れていた。それなのにまるで聞こえなかったように無視される。返事もしない横柄な態度に苛立ちを覚えつつ、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。部屋で飲もうとキッチンを出ていきかけたところで、『ねえ』と呼び止められる。
「話をしましょうよ」
 無視したり、そうかと言えば話をしようと言い出したり、何を考えてい詩琳るのかわからない、気まぐれな妹の心に混乱しつつ、無視することもできずに隣のスツールに腰掛けた。
「うちの病院が今度透析をはじめるのよ」  

Posted by 〆み  at 14:31Comments(0)雪纖瘦

2015年06月30日

歩き出した



背中を向けたまま呟き、逃げるようにいなくなる。ぼんやりとその場に座り込んでいた門脇は、襖\の向こうから部屋の様子をうかがっていた店員の姿に、急いで雪纖瘦立ち上がった。店の中はすでに掃除が始まっていて、追い払うような『ありがとうございました』の声が、耳に痛かった。

店の外に出た門脇は、電装の消えた店の看板の前に立っている人影に足を止めた。逃げ出したとばかり思っていた男が、晩春の夜の霧雨の降る中、コートの襟を立てて肩をすくめていた。

軽く会釈して門脇は左側の道へと。男は追いかけてこな雪纖瘦かったし、おやすみとも言わなかった。けれど視線の気配はいつまでも背中を追いかけてきているような気がした。

男はゼミの教授を手伝っている松下という講師だった。痩身で背が高く、一見、神経質そうに見える容貌は近づきがたい雰囲気があるが、話をしてみると口調は優しく丁寧で、学生に対しても、こちらが恐縮するほど腰が低かった。何度か質問をしたことはあるが、親しくはなかった。『知り合い』という言葉が一番適当な相手で…意識などしようもなかった。

 門脇は撫でられた唇を手の甲でグッと拭った。湿った男の雪纖瘦指の感触は、幼い頃にドブ川で水遊びした時の感覚に似ていた。冷たくはない、どこか温くまとわりつく泥の感触は言いようもなく、不愉快だった。  

Posted by 〆み  at 11:03Comments(0)雪纖瘦