
二人のようすから察したらしく、福沢が訊いてきた。
「高校の同級生で、菅沼さん……だったかな」
彼女は小声で、はい、といって頷いた。今は目のまわりが赤く腫《は》れているが、大きい目と長い睫《まつげ》は少しも変わっていない。あの時のままだ。
「そうか」と福沢は少し考えてから、
「じゃあ、世良が話を聞いておいてくれ。俺は署の方に連絡をしておくから」
彼の肩を軽く叩くと、廊下を歩いていった。たぶたのだろう。
「大変だね」
福沢の姿が見えなくなってから、世良はいった。彼女はこくりと首を折ると、
「事故なんて起こす人じゃないのよ。無事故でずっと通してきてるし……」
掌で顔を覆った。膝の上には四つに畳まれたハンカチが載っている。それがぐっしょりと濡れているのを見て、世良はかけるべき言葉を失った。
「でも知ってる人がいてよかったわ。こんな偶然ってあるのね」
顔を手で隠したまま彼女はいった。
「世良君、おまわりさんになってたのね」
「昔から、体力ぐらいしか取り柄《え》がなかったからね」
世良は彼女の隣に腰を下ろし、横顔に視線を注いだ。自分と同じ年齢なのだから、三十は過ぎたはずだ。それでも彼女の頬のあたりの肌は、あの頃と同じように白く、きめが細かかった。
菅沼彩子――。
先程名字をはっきりとは覚えていないふりをしたが、じつは名前まで克明に記憶していた。彩子――。受験勉強中、ノートの端に書いたものだ、AYAKO。そしてとうとう何も告白できないまま、卒業と同時に別れてしまったのだった。
話したいことは山のようにあった。だが今の彼が彼女に訊くべきことは、彼女が愛しているはずの男性のことだった。
「御主人はいつからライナー運送に?」
少し間があって、「もう十年ぐらいになるんじゃないかな」と彩子は答えた。「あたしと会う前からだったはずだから」
どこで出会ったのか訊きたかったが、事故とは何の関係もない。
「無事故だっていったね」
「無事故よ。それに無違反。会社で表彰だってされたのよ。向井の運転はおとなしすぎるって、仲間の人たちから冷やかされるぐらいだったわ」
そして彼女は、「信じられない」と絞り出すような声を漏《も》らした。
「最近の勤務状況はどうだったのかな。忙しくはなかったかい?」
「少し忙しかったわ。景気が良いからっていってたけど……」
ここで彩子は世良の質問の意味を感じとったようだ。泣き腫《は》らした顔を上げて、世良を睨《にら》みつけるように見た。「でも身体を休める暇もないってことはなかったわ。あの人、そういうところ
昇華在線は充分に気をつけてて、決して無理はしなかったのよ」
世良は黙って頷《うなず》いた。
この時手術中のランプが消えた。彩子が立ち上がると、世良も反射的に腰を浮かせていた。
白いドアが開き、医師が姿を現した。彼は彩子の方を向くと、
「お気の毒ですが」
と乾いた声でいった。
一、二秒ほど彼女は目を見開いたまま立ち尽くしていたが、崩れるように床に膝をつくと、激しく泣き叫び始めた。