2015年08月06日

彼は心の底から自

彼は心の底から自
 名前を呼んで、髪を撫でる。彼は顔をシーツに深く押しつけた。嫌がられているような気がして、松下はもう一度…今度は頬に触れた。彼は顔を逸らす。あからさまに拒絶される、それだけのことで松下は崖から落ちたような喪失感を味わった。今までこんな風な嫌がり方をされたこ高壓通渠とがなかった。分を嫌がっている。胸が締めつけられるように痛んだ。拒絶は、勇気を奪う。松下は触れていることすら…怖くなってきた。すっかり萎えたものを中から引き抜き、距離を取る。彼と接触している部分が一か所もないような状態で、壁と向かい合った。
 眠りの気配など、忍び寄ってもこなかった。もし眠ってしまったら、次に目を覚ました時、隣に彼はいないかもしれない。呆れた男を置いて出ていってしまうかもしれない。別れを切り出されても無理はない。どうしてこうなってしまったのか、嫌だと言われた時に思い留まっていればよかったのか…振られてしまうのだと確信したとたん、涙が出てきた。彼に去られて、こんな思いを抱えて毎日を過ごすぐらいなら、いっそのこと死んでしまいたかった。恋人に振られて死ぬなど、馬鹿な男だと思われるかもしれない。けれどきっと誰にも…今の自分の気持ちなどわかりはしない。声を殺してしゃくり上げ、肩が揺れる。隣の彼が動く気配がして、とうとう部屋を出ていかれてしまうのかと耳をふさいだ。彼のいなくなる気配を知りたくなかった。
 目尻に触れた指に、驚いて手を離した。顔を上げると彼が上から自分の顔を覗き込んでいた。
「どうして泣くんですか」
 わかりきったことを聞く彼に腹が立った。だから顔を両手で隠して丸まった。
「さっき嫌がったから…?」
 指が松下の頭をそっと撫でた。
「俺は先生の前で、腹を立てる自由もないんですか」
 松下は何も言えなかった。言うべき言葉が浮かばず、自分の情けなさに責められた。彼はそっと、まるで大切な壊れ物に触れるように松下を撫でて、肌に触れた。それでも松下が丸まったままでいると、上から覆い被さるようにして重なってきた。首筋を舐めて、頬に口付ける。恋人の積極的な愛撫に、松下は少しずつうつむけていた顔を見せた。彼からのキスに答える。そうするとさっきまでの拒絶が嘘のように彼は大胆に松下に甘え、腰を押しつけてきた。彼の中で翻弄される。それは甘い毒に冒されるような、痛い陶酔感があった。よりかかる体を抱きしめると、彼は頬を摺り寄せて松下の唇を舐め、そして小さくホッと息をついた。
 汗をかいたせいか、ひどく喉が渇いた。眠りはじめた彼を残して、松下はベッドから起き上がった。裸のままキッチンに行こうとしたが、妹と鉢合わせてはまずいと思いベッドの下でクシャクシャになっていたパジャマを拾い上げて着た。面倒なのも手伝って、電気もつけずに暗がりの中を歩く。リビングのドアを開けると、奥から薄らぼんやりとした灯りが洩れていた。キッチンの電気を消し忘れたのだろうかと思っていたが、カウンターテーブルのスツールには人影があり、最初は誰だかわからずギョッとした。
「どうしたんですか」
 妹の目は閉じられてはいなかったし、手にしたグラスは左右に揺れていた。それなのにまるで聞こえなかったように無視される。返事もしない横柄な態度に苛立ちを覚えつつ、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。部屋で飲もうとキッチンを出ていきかけたところで、『ねえ』と呼び止められる。
「話をしましょうよ」
 無視したり、そうかと言えば話をしようと言い出したり、何を考えてい詩琳るのかわからない、気まぐれな妹の心に混乱しつつ、無視することもできずに隣のスツールに腰掛けた。
「うちの病院が今度透析をはじめるのよ」


同じカテゴリー(雪纖瘦)の記事
ばらく泣く男を
ばらく泣く男を(2015-08-19 12:41)

ような奇妙な
ような奇妙な(2015-08-16 12:21)

歩き出した
歩き出した(2015-06-30 11:03)


Posted by 〆み  at 14:31 │Comments(0)雪纖瘦

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。